2012年12月28日金曜日

悪い癖

やってしまいました。
ちょっと身体に無理をさせ過ぎてしまいました。
分かっていたはずなのに、ねぇ。
丸1日寝込むくらいでは足りず、その後に数日引っ張った挙句に更に丸2日寝込みました。
まだちょっとフラフラしています…が、年末は実家に帰る約束をしてあるので覚悟を決めて動くことに。

でも、無理をしたお陰で。
病気と障害と、ワールドリレーションズのセミナーを修了して来ました。

あれ?「お陰で」だって?
いやいや、そんな対価は要らないのに。
何で私は身体への無理という対価を支払いたかったのでしょう?

まだ「頑張ってる私」が必要なのかなー?
「頑張った私だったら誇ってもいい」なのかな?

2012年12月19日水曜日

お金を貯めたいのはどうして?

今日本屋に寄って目に付いた「お金を貯める方法」という言葉。

「お金を貯めたい」「お金を貯めなきゃ」
そのお金、貯めるのは何の為?

お金を貯めることでしか得ることができないことって何でしょう?
それは「お金を貯めることができた」という達成感だけな気がします。
もちろん、その貯めたお金でいろいろなものは買えるでしょうが。
その「いろいろなもの」は、そうすることでしか入手できないのでしょうか?

買いたいものがあるから、その購入費用を貯める。
至極真っ当なことのように思います。
でも、この場合の願いは「お金を貯めたい」ではなくて「○○が欲しい」ですよね。
どうして素直に「○○が欲しい」と願わず「お金を貯めたい」と願うのでしょう?

「○○が欲しい」を実現する方法を、「お金を貯めてそれで買う」に限定するのはどうしてでしょう?

自分の豊かさを押し留めているのは、こうして別の方法を除外していることも原因の1つかもしれないなぁ、と思う今日この頃。
自分の願い、もう一度見直してみたいと思います。

2012年12月1日土曜日

2012年12月の話

先月に数秘をちょっぴり学ぶ機会があったので、そこで教わってきたことのシェアということでTwitterで呟いた12月の占い?的なことに、更に加筆修正、他の事も加えてみました。


2012年11月23日金曜日

たまねぎをむいていく


クリアリングをしていくことをたまねぎの皮をむいていく、って例えることがありますよね。
何枚剥がしても、むいてもむいても、まだむける。
その先に、一体何が隠されていると思っているのかな、と。
ふとそんなことが頭を過ぎりました。
「本当の自分」?
「本当の自分」って何?
むいてむいて、どんどんむいていったら、そこにクリスタルが埋まっていると思っていて、それが「本当の自分」なんだと思ってないだろうか?
ステキでキラキラしたクリスタルが本当の自分で、それをたまねぎが覆い隠してる。このたまねぎに見えるのは自分じゃないんだ、と。

たまねぎはたまねぎ。どんだけむいていってもたまねぎじゃないのかな?
クリスタルを探してむいていったら、きっと細胞の最後の1つになっても「まだ見つからない」ともっともっとむいていってしまうのかな?
細胞をもっとむいていって、分子、原子、陽子に中性子、素粒子?そこまで行けたら、ようやく見つけたと思えるのかな?

2012年11月10日土曜日

「わからない」

「ここから先は「わからない」は禁句ですからね」

これはアシスタントで参加させて戴いた基礎DNAで、心に引っかかった一言。

「わからない」は、「わかりたくない」と「わかれない」に分けられるのかもしれない。
「わかりたくない」は、わかる自分になりたくない、それはつまり防御。
「わかれない」は、わかることができる段階に達していないってことかな。

基礎DNAの講座に参加している時点で、その人は「わかれる段階」には達しているものね。
その段階に達していないなら、参加していない。
だから、彼らにとって「わからない」は、「わかりたくない」ということ。
わかりに来たのに、「わかりたくない」と逃げ回ることは許さないよ、ってことかもね。


段階に達していないから、わかりたくても、何をしてもわかることができない。
そんなのは日常にも沢山あると思う。
その時わからなくても、ある日突然ひらめくようにわかるときがあると思う。
それは、その時までの間にあった何かが、「わかる段階」に至るまで、パズルのピースをひとつひとつ埋めることになっていたのでしょうね。

どちらにしろ、一足飛びで「わかる」を手に入れられるものではないのかもね。


でも。
「わかりたくない」は、「自分はそれをわかってもいい」と思える段階に達して無いだけ、とも考えられて、結局は同じことかもしれない。

2012年10月31日水曜日

必要なドラマ、不要なドラマ

ドラマチックな人生は楽しい、のかもしれない。
どんなドラマも、必要ならどっぷりはまっていればいい。
そのドラマが嫌になったら、手放して抜け出せばいい。

2012年10月27日土曜日

「私が「できない」のは多数の事例によって証明されてる」?

人は自分が見たいように見て、聞きたいものだけ聞いて、そう思いたいように世界を認識している。
自分のことは分り難いですが、周りに目を向けてみると解りやすいかも。
1人くらいはいますよね。何を言っても自分に都合の良いことだけしか意識に入れない人。
あれは意識的にやっているのではなく、無意識にやっているんですよね。
情報が入ってくる時点で無意識に仕分けられていて、自分の都合のいい情報だけ使ってる。
都合の良くないものは、取るに足らない情報だとしてしまう。
程度や内容の差はあれど、同じようなことを自分もやっているんです。