2013年10月22日火曜日

セミナー「病気と障害」にお手伝いで参加してきました

先日、病気と障害のアシスタントに呼んで頂けました。
アシスタントと言っても、受講者さんと一緒に受講して、ワークして、なので、まるで再受講生なんですけどね♪
病気と障害は別の方から受けたので、また違った伝え方を体験できて、本当に私は恵まれています。
このありがたいことを、たっぷりと受け取らせて頂きました。




自分が受講するって決めて挑む時には、それはもう沢山の問題が「これも!これも!!」と出てくるわけですが。
アシスタント役の時でも、やっぱりこのチャンスにたくさん学ぶぞ!って出てきます。

復習をしなければ、再確認したくて堪らない、できてない感。
また同じことをしている、感。
前の苦しかったあの頃の自分に戻ってしまう感。
過去の憤り。特に、病気、病院、担当医に対する憤り。
蔑ろにされた感。被害者意識。
自分が悪いのだと決め付ける、過度な自責、罪悪感。
しばらく穏やかで心配の無い幸せにゆったりと身を任せていたのに、その境地にいたのに、何で!?ってショックもありましたね。
出てきたたくさんのものを、ワークして、学んで、不要なものは手放して来れました。


特に、生殖器・泌尿器の日は、笑っちゃうくらいボロボロになってました(笑)
アナトミーでも、生殖器の日は熱を出してグッタリで、ほとんど内容覚えてなかったなぁと微笑ましく思い出しつつ。
自分の病気と障害受講時はどうだったかしら?と、こっちも記憶が無い(笑)

生殖器・泌尿器には、性的なことも含め、人に言えないような恥ずかしい想いや自尊心を踏み躙られる酷いこと、虐待に関する感情が溜まると言われています。
そのようなテーマ、問題、解消されていない感情なんかが自然と出てきます。

前の日の夕方から、やたら無駄に動いて、寝る時間も何故か遅くなって寝不足。
間に合う時間に起きたのに、アレもコレもと無駄に家事や何かに手をつけてしまって、家を出れない(笑)
忘れ物を取りに帰る。取りに帰った際に、別の持っていたものを置いてきてしまう。再びそれを取りに戻る。
電車も何故かうまく乗り継ぎ出来ない。

よっぽど嫌なのね~(笑)
ということで、自分は嫌がってるってことも認めて。
でも絶対行きたいって自分もいる。
双方を喧嘩はさせなくてもいいって、今はもう知ってる。

昔は、嫌がってる方を捻じ伏せて、絶対に間に合わせることを優先していた。
あの頃は、嫌がってる心を無視して聞かなかった。
自分で自分を裏切っていた。
自分を裏切るって、とても傷付くことなんだなぁって実感。

「自分に対してだから」と蔑ろにしていたことを、他人に対してやるように、丁寧に、丁寧に。
私を一番蔑ろにして酷い扱いをしていた、自尊心を踏み躙っていたのは、他の誰でもない、私自身だったねって。
自分に謝って、自分のしたことを許して、今の、そして、これからの自分を信じる。
過去これまでの私ではなく、今の私自身をしっかりと見る。
そう、今の私は、過去の私のように無視したり蔑ろにせずに、きちんと聞いてる、向き合ってるよね。

自分に対しての憤りを持っていなくても、私は私の想いに気付ける。
もう、無視したり閉じ込めてしまわないから、それに対抗する準備も用意も要らない。

前は、嫌だって言う自分を認めたら、何も出来なくなるって信じ切っていた。
今はもう、認めても、出来なくなるどころか、寧ろ、もっとスムーズに出来るって知ってる。
何だってやれる自分を信じることができている。

やるべきことややりたいことを嫌だと感じるのは、裏切りではない。
やるべきことややりたいことをやって失敗をすることも、裏切りではない。
やっているのに、裏切っていないのに、裏切ったと非難することこそが裏切りかもしれないね。

本当は、自分に対してが一番簡単で練習の機会も多い。
だって四六時中、24時間365日、自分は自分と共にいるのだから。
自分に対してやるように、他の人に対してもやったら、他の人に対しても上手に出来る。はず。

他の人達に対しては誠実に大切に丁寧にやっているってつもり…そうしなきゃって思っていたけど。
自分にやるように蔑ろに不誠実に裏切るってことを、無意識に、例えば、ふと気が抜けてしまった時に、やっていたかもしれないね。
そりゃ、人間関係がギクシャクするし、気を抜いちゃいけないから常に緊張してないといけないわね(笑)

ここでも「まずは自分から」かもしれないね。

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