2014年6月17日火曜日

豊かさ…?

ふと思ったのだけど。
形あるもの、ないもの、何であれ、何かを得られたから「豊かだ」と感じることはよくあることだけど。
今ある豊かさに気付くこと、大切かも。
今ある豊かさも、「有るから」豊かだと感じられる、ではないかもしれない。

では、「豊かさ」って何だろう?
個人が「豊かだ」と感じられることに限ってはいないような気がしてならない。
「「豊かだ」と感じる」って、何だろう?

個人が「自分は豊かでない」と感じ、思い、考えても、それとは無関係に世界は豊かであり、その個人も、その豊かさを享受している。
何だろうこれは…?
豊かだと感じることは、気付いたこと自体の祝福?

2014年6月8日日曜日

厳しく試すのがお好き?

最近気が付いたのは、「何かに翻弄される私」ってタイプのドラマは好きじゃないんだなぁ、ってこと。
まだ、その嫌なドラマをやめるってところまではできていない気がするけど。そのうち、ね。

だからなのかな、物事を「試練」って考えるのは好まない。
基本的に、私は「試練」って思わない。
思わなくなったのか、元からそうなのかはわからない。

「試練」を辞書で調べてみると「信仰・決心のかたさや実力などを厳しくためすこと。また、その時に受ける苦難。」って書かれてる。

何で「厳しく試す」をしなきゃいけないの?
何でわざわざ「その時に受ける苦難」を受けなきゃいけないの?
決心の固さや、実力だって、別に「厳しく試す」なんてしなくても。